日本の機能不全

「だぁれがやってもおんなじ」。日本人はそう堅く、堅く信じている。
ぬるま湯で少しづつ茹でられるカエルは、自分が茹でられて死んでしまうことに気づかない。

だからやすやすと「東大卒」だの、「経済産業省出身の元エリート官僚」だのと聞くと、コロッと騙される。

諦めという「思考停止」


「だぁれが云々」というのは諦めきった言葉である。その段階で「思考停止」しているということだ。それは「狂信」である。判断が狂っていて、それを改めようとしないなら、そういうことになる。


国益を犯す行為


「ロシアに華々しく攻め込んで、もう一度国後、択捉両島をとりもどせたらなぁ・・・」などというのは、妄想であっても、本気でそんなことを考えたすることではない。できもしないことだから、当たり前である。

それをわざわざ現地まで行って、グデングデンに酔っぱらった挙句にこんな言動を吐く輩は、日本全体を脅威に晒したのだから、昔なら「国賊」である。

彼は国会議員である。現在でもそれは常軌を逸している。国益を犯したのだから。そんな人間が国会に居座っていられるわけがない。


無責任な議員がのさばっている


が、現実はまだ居座っている。なぜか。

簡単である。不適切な言動をくり返す、周りからヤイノヤイノせっつかれてようやく辞職する、うまくすれば「これからも職責を果たすことで責任を全うしたい」などと言訳して居座る議員が減らないからである。

チェックしようとしない。チェック機能が働かない。
だから、低劣な議員が国会を跋扈する。それを許しているのは「誰がやっても同じ」という諦めきった狂信に惑わされている民衆がいるからである。